カテゴリ:学校だより
令和8年度10月号
「学習する意味」について考える
副校長 荻野 仁
先日たまたま目にした記事で、中学生が「因数分解ができなくても将来何も困らない。なぜ学習しなくてはならないのか。」といった主旨の発言をしていました。このような問いは、この文をお読みの皆様も一度はご自身が疑問に思った経験か、あるいは誰かから問われたことがあるのではないでしょうか。
上記の例では中学校の学習内容でしたが、小学校の学習内容でも、将来生活するうえではそれほど必要にならないのでは?と思えるものがいくらでもあります。もちろん人によって考え方は様々ですから、すべての人が同じように感じるわけではないですが、例えば「分数のわり算」や「縄文時代の暮らし」、「ベートーベンが作った曲の名前」や「マット運動の技」など、できなかったり記憶していなかったりしても、将来生活に困ることはあまりなさそうです。困らないので、「必要ない」「役に立たない」と言われてしまえば、そういう見方もできるとは思います。そうなると、近年よく使われる「コストパフォーマンス」や「タイムパフォーマンス」といった、効率重視の風潮の中においては、「もっと他のものに時間をかけた方がいい。」「必要ないものは削ればいい。」といった結論になりかねません。
ではもし子どもたちから「○○って何の役に立つの?」と問われたら、どのように答えるでしょうか。前述のように考え方は人それぞれですから、これという解答があるわけではありません。なかなか難しい問いなので、うまく子どもが納得するようには話せないかもしれませんが、問うた子どもが前向きに学習に向かえるようになれば、とても素晴らしいことだと思います。
学校で学習する様々な内容には、人生全般で必要になる、あるいは役に立つことの多い、文字の読み書きや四則計算、けがの手当てや社会(身近な地域や政治)の仕組み、天気の移り変わりなどといったものがあります。それらを習得することはもちろん大切なことですが、同じくらい大切なのは、「考え方」の幅を広げることではないでしょうか。文学作品や数字・図形、歴史や自然現象、楽曲や造形など、ありとあらゆる教材等をとおして、「順序立てて物事を考え、整理する」、「複数のものを関連付け、統合する」、「作品に対する自分の思いや意図を明確にする」ような思考力を育んでいくのです。学習した知識や技能そのものが「役に立つ」かどうかではなく、様々な角度から物事を見て、考える力が「役に立つ」のだと思います。そのような幅広い思考力こそが、この先出合う様々なことを楽しんだり、乗り越えたりするための土台となると思うからです。
日々、忙しく生活していると、当たり前のように取り組んでいることの意味や価値を見失いがちになることがあると思います。時にはご家族で、お子様の発達段階によってはお子様も含めて、「学習」や「学校」の意味や価値について、じっくりと話してみてはいかがでしょうか。
公開日:2026年10月05日 15:29:41
更新日:2026年10月28日 15:20:27